こんばんは。bassyです。
先日、篠栗お遍路八十八箇所めぐりをしてきました。
その事について記事にしたいと思います。

篠栗お遍路について
煩悩の数字八十八にちなんで霊場があり、全てを巡ると願いが叶うと言われています。
四国お遍路が有名な場所ですが、福岡県にもお遍路があり、四国よりも断然EASYに巡礼する事ができ、ひと昔まえは結構な人気スポットだったと聞いています。
私自身、お願い事が叶うということ目的として行なってなく、あんまり色々考えずに歩くきっかけがあればよかっただけです。
また子どもの頃から馴染みのある仏教を感じてみたかったのも歩く理由の1つです。
日数については4日間かけてゆっくりと巡ってみました。(強靭な人は2日で巡礼できると思います)
篠栗お遍路の魅力(徒歩)
さて本題にはいっていきます。
この記事を書こうと思ったのは、お遍路をして願い事を叶えようとかじゃありません。ただ『歩く』ということがいかに素晴らしいかをお伝えしたくて。
ゆっくり歩いていると普段見えない景色が目に止まるようになりました。


ゆっくりと歩いて気づいた事がありました。
『見えているものと見えていないもの』が普段の生活の中にあるということ。
普段の生活の中には沢山の美しいものや汚れたものが存在し、それに気づいていない事が多いと言うこと。
例えば毎日トレーニング(ランニング)をしているコースは、足が速くなるためや、体力を衰えないように自分にフォーカスをおいて自分中心でその周辺を走るため、美しいものや汚れたものが見えにくくなる。
しかし、同じコースを散歩、散策という目的意識で歩くと、木々や虫や鳥や建物が見えてくる。

歩くというこにフォーカスを置く事がとても大事で、急いで目的地に到着することではなく、ゆっくりと道のりを楽しみ、苦しみ進む事がこのお遍路の目的だと。
最後になりますが、お遍路を通してお伝えしたいことは、
近頃、時間をムダにするな的な、自己啓発がよくSNS等で見かけますが、
短いようで長い、
長いようで短い人生。
ゆっくり、のんびりするのもいいんじゃないですか?
という感情も大事と、言うことお伝えしたく、記事にしてみました。
それではまた。

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